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2026.06.16
Tuesday

宜保さんの工房の藍甕

宜保さんが沖縄の琉球藍を使い、
ご自宅に藍甕を据えて本格的に藍型(えーがた)を始めたのは、
たしか2017年頃だったと思います。

翌年の展示会では、
持って来てくださった作品の半分以上が藍型でした。

正直、とても驚きました。

あれほど鮮やかな紅型を作っていた宜保さんが、
今度は藍だけで表現しようとしていたからです。

同じ型紙を使っていても、
紅型とはまったく違う表情が生まれます。

そして何より、
宜保さんご自身がとても楽しそうでした。

染めるたびに新しい発見があり、
新しい表現が生まれる。

そんな喜びが、
作品からも伝わってきたのを覚えています。

常に進化を続ける宜保さんの作品を、
お客様と一緒に毎年見ることができる。

それは私にとって、
とても幸せなことです。

お客様と作家さんの楽しそうな会話。

その輪の中で、
新しい作品が生まれ、
また次の挑戦が始まる。

oteshioがそんな場になれたら。

それが私の一番の願いだったように思います。

今年もまた、
宜保聡さんと大城幸司さんの新しい作品が沖縄から届きます。

お客様と作家さん、
そして作品との出会いを楽しみに、
「沖縄の染と織」展を開催いたします。

続く・・・

2026.06.14
Sunday

宜保聡さんの紅型の帯と丸正織物工房の壁上布

oteshioで沖縄の染と織の展示会を続ける中で、

少しずつお客様との風景も変わってきました。

回を重ねるごとに、
うれしいことが増えていきました。

それは、お買い上げいただいた着物や帯を身につけて、
展示会へ来てくださる方が増えたことです。

宜保さんの紅型。

大城さんの壁上布。

そしてmarumas.fabの織物。

前の年に選んでいただいたものを身につけて、
会場へ足を運んでくださる。

私はもちろんうれしいのですが、
実は作り手のお二人も、とてもうれしそうなのです。

作り手にとって、
実際に着姿を見ることは特別なことです。

工房で生まれた作品が、
誰かに選ばれ、
暮らしの中で使われ、
その姿を目の前で見ることができる。

それは決して当たり前のことではありません。

北海道と沖縄。

遠く離れた場所ですが、

お客様が着て来てくださることで、
作り手とお客様がつながっていく。

その光景を、
私は何度も見てきました。

今思うと、
この展示会を育ててくださったのは、
お客様だったのです。

私が良いと思ったものを信じてくださり、
実際に手に取り、
大切に着続けてくださる。

その積み重ねがあったからこそ、
今まで続いてきたのだと思います。

今年もまた、
そんな景色に出会えることを楽しみにしています。

続く…

2026.06.12
Friday

大切に残している壁上布。お二人の名前が記されています。

丸正織物工房三代目の大城幸司さん。

東京でアパレルの仕事を経験したあと、
沖縄へ戻り家業を継がれました。

私が出会った頃は、
工房を継いでまだ数年ほどだったと思います。

ちょうどリーマンショックの影響もあり、
着物業界全体が厳しい時代でした。

工房の仕事だけでは生活が成り立たず、
早朝のアルバイトをしながら織物づくりを続けていたそうです。

当時は初代の大城敏さんもご健在でした。

大城さんはよく、

「オバァからいろいろ教えてもらっているんですよ」

とうれしそうに話していました。

受け継がれてきた技術を学びながら、
自分自身の織物も模索している。

そんな姿がとても印象的でした。

そしてある時、

「アルバイトを辞めることができました」

と、大城さんから電話をいただきました。

大城さんは覚えていないかもしれませんが、
私はその電話が本当にうれしかったことを今でも覚えています。

作り手が織物だけで生きていくことが、どれほど大変なことか。

今もそのことは変わらないと思っています。

だからこそ、
あの電話は私にとって特別な出来事でした。

今振り返ると、

この頃からすでに大城さんは、
自分の織物を作ろうとしていたのかもしれません。

そして丸正織物工房の織物は、
少しずつ変わっていきます。

私もまた、
その変化を楽しみに見続けることになりました。

2026.06.11
Thursday

たくさんの壁上布を見て、驚いている私!

いよいよ、大城幸司さんの登場です。

初めてお会いしたのは、
糸満にある宜保聡さんの工房でした。

その日、大城さんはたくさんのダンボールを抱えてやって来ました。

そして、その中から次々と出てきたのが、
壁上布と呼ばれる織物の数々でした。

当時のoteshioでは、
古い着物も扱っていました。

そのため私にとって壁上布は、

「壁紗」という名前の方が馴染みがあり、

もう作られていない織物だと思っていたのです。

「壁紗ですね」と、言うと

今度は、大城さんが驚いた顔で

「知っているんですね」と、おっしゃいました。

お互いに、本当に驚きました。

憧れの「壁紗」が、今まさに織られている壁上布が
まるで当たり前のようにダンボールの中から現れるのです。

お話をうかがうと、

「昔からずっと作っていますよ」

とのこと。

私にとっては、
宝物の詰まった箱を開けるような時間でした。

そして、その場で

「ぜひoteshioで展示会をしてください」

とお願いしたのは、
言うまでもありません。

この出会いが、
oteshioにとって沖縄の織との新しいご縁の始まりとなりました。

2026.06.09
Tuesday

otshioで初めて開催した。宜保聡さんの展示会(2009年)

2009年5月

oteshioで初めて開催した、
宜保聡さんの展示会の時の写真です。

今の宜保さんしか知らない方には、きっと信じられないと思います。

写真を見ると、
二人とも緊張が顔に出ていますね。

展示会の間、
宜保さんはほとんど話をしませんでした。

お客様が作品を手に取り、
「これが良いですね」「欲しいです」と言ってくださっても、

「本当にいいんですか?」などと言い出す始末。

今思えば、完全に営業妨害です(笑)。

人見知り全開でした。

それが今では、
「おしゃべり乙女おじさん」として、確固たる地位を築いています。

人は変わるものですね。

そんな宜保さんとの展示会を重ねるうちに、
私はまた無謀なお願いをしました。

沖縄の染があるなら、
やっぱり織も必要でしょう。

今考えると、ずいぶん強引な話です。

すると宜保さんが、「それなら会ってほしい人がいます」と紹介してくださったのが、

南風原の丸正織物工房、大城幸司さんでした。

この出会いが、
oteshioにとって新しいご縁の始まりになりました。

続く…

2026.06.07
Sunday

2010年の「Coralway」表紙にのびちゃんがいます。

ご紹介いただいたのが、宜保聡さんでした。

初めてお会いした頃、宜保さんのお子さんはまだ一歳になったばかりで、もう…可愛い盛り!犬の、のびちゃんもいました。

今思えば、宜保さんご自身も新しいことに挑戦したい時だったのかもしれません。

私の「紅型の半幅帯が欲しい」という、今思うとずいぶん無謀なお願いを、本当に気持ちよく引き受けてくださいました。

そしてもうひとつ。

北海道のoteshioで展示会をしてほしい。

そのお願いも快く受けてくださいました。

当時は、まさか毎年開催で、17回も続くとは思っていませんでした。

一年に一度。
作品が届き、お客様にご覧いただき、また次の一年へ。

その積み重ねが、気がつけば今年で17回という時間になっていました。

でも振り返ると、すべてはここから始まり、今にいたるように思います。

宜保聡さん、宜保理英さん、との出会い。

沖縄への旅。

工房を訪ねた時間。

そして、お客様とのご縁。

あの時、たくさんお世話になった方々がいなければ、今のoteshioに沖縄の染と織はありませんでした。

私にとって沖縄の作品は、商品というより、人とのご縁から始まったものなのです。